07/8/12 おばあちゃんが入所していたケアハウスの実態 2_502日曜日。うだるような暑さ。今日でおばあちゃんが亡くなって二週間たった。 おばあちゃんは、一ト月前に骨折してから急激に弱り、死の直前一週間は糖尿病の昏睡がひどくなり、危篤状態だったと見舞いに行った親戚のおばさんや兄や姉が心配していた。が、おばあちゃんが入所していたケアハウスの担当医は、おばあちゃんの死の2日前に回診していたにもかかわらず、入院する段階ではないといったそうだ。 ケアハウス側も、衰弱しきっているおばあちゃんを健常者と同じように扱った。強引にお風呂に入れたり、食事は自分でさせ、ヘルプしようともしなかった。おばあちゃんはもう箸を持つことも飲み込むこともできなかったのに。土曜日のおかずはトンカツだったそうだ。見舞いに行った姉は、お土産に持っていったプリンさえ食べられないのに、こんなひどいことはないと泣いていた。 おばあちゃんは、姉が見舞いにいった土曜日の翌日の早朝に黒い血を吐いて救急車で病院に運ばれた。 お父さんとお母さんと青空は、その日おばあちゃんのお見舞いにケアハウス行くつもりだったが、病院に入院したと実家から電話連絡があり、急きょ行き先を代えた。お父さんたちが病院につくと、おばあちゃんは酸素吸入をしていた。お父さんが大きな声で「お見舞いにきたよ!」というと、「きたの・・」とか細い声で応えてくれた。結局、これが最後の言葉になってしまった。その後様態が急変し、2時間ほどでおばあちゃんは息をひきとった。 お父さんは、おばあちゃんの死んだ日にケアハウスの不手際のいろいろな情報を聞いて、おばあちゃんが入所していたケアハウスに大いに不信感を抱いていた。葬儀も終わって一段落したので、姉と一緒にこのケアハウスに行き、いったい何があったのか聞きに行くことにした。 どういう状態でおばあちゃんは骨折したのか。持病を持つおばあちゃんが骨折したにもかかわらず、入院させなかったのはなぜか。直前一週間は、傍目にも昏睡と衰弱が激しかったにもかかわらず、担当医の所見が入院する段階ではないといったのは明らかな誤診ではないのか。毎日おばあちゃんに接していながら、衰弱していくおばあちゃんを放置していたのは、ケアハウスとして責任を全うしていないのではないか。 聞きたいことも言いたいことも山ほどあった。 お父さんの質問に、ケアハウス側はほとんど何も答えなかった。答えられなかった。 お父さんは何て空しい話し合いだったと思った。 帰りの道すがら、お父さんも姉も悔し涙がポロポロ流れた。 このケアハウスは、「アゼリーアネックス」という。経営母体は、「平成クリニック」のオーナーで、おばあちゃんの担当医もここに所属している医師だった。 お父さんは、アゼリーアネックスと平成クリニックを決してゆるしはしない。 おばあちゃんと青空 (2007年2月24日 東京臨海病院)
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