心にナイフをしのばせて
奥野 修司
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1969年に起きた16才の少年によるクラスメイトの首切り殺人事件の被害者家族のその後を追ったノンフィクション。少年が首を切り落とすという行為は、酒鬼薔薇事件に近い。
犯人の少年Aは、少年法の保護により3年半ほどで何事もなかったように社会復帰。しかし、長男を突然悲惨な事件で失った家族の悲しみはあまりに深い。犯人は法によりあつく保護されているが、逆に犯罪被害者は、あまりに法の保護から遠い。そういえば、去年読んだ「
犯罪被害者の声が聞こえますか」は、こんな状況を打ち破ろうとした人の本だった。
この被害者家族、父親・母親・妹のその後の人生は過酷だった。ひたすら耐える父親、発狂寸前となった母親、狭間で行き場のない妹。
50才近くなった妹が、亡くなった父親について語る。
・・・
弔問にやってきた親戚の一人は、酒を飲みながらこんなことを言った。
「お父さんは、他人のために生きてきたようなものだね。お父さんの人生って、いったい何だったんだろう。自分のために生きられない人生ってかわいそうだよな」
それを聞いたとき、私はすごく悔しかった。
戦争中、餓死寸前の小笠原諸島の父島から、九死に一生を得て帰ってみれば、家は流され、父親は行方しれず、結婚でようやく幸せをつかんだと思ったら今度は息子を殺され、その後は母や私のために働きづめに働いた。そして、ようやく生活が安定したと思ったらガンでこの世を去ってしまった。たしかに端から見ればかわいそうな人生だったかもしれない。でもそうじゃないんだ、と私は叫びたかった。
「あんたにはわからないけど、父はわたしたちに毅然とした生き方を見せてくれたんだ。そういう背中を子供に見せてくれる親ってどんなにすばらしいか。口では簡単に言えるけど、あんtにそういう生き様を子供に見せられるか。死ぬ瞬間まで、そんな背中を見せてくれたお父さんに、私は言葉ではい言い尽くせないほど感謝してるんだ」・・・
このお父さんはほんとうにタフだ。こういうお父さんは母や子供には理想だが、本人にとって辛いだろう。私は、ちょっとなれそうにない。
犯人の少年Aは、3年半で社会復帰し、姓名を変え弁護士になって成功した。が、自分のおこした事件を家族に詫びることはとうとうなかった。家族は、本のタイトルのように「心にナイフをしのばせて」耐えるしかなかった。
この本を読むと、先週読んだ「
私が語りはじめた彼は」は、あまりに作り物過ぎて薄っぺらな紙のように思えてきた。
本の表紙は、リアルでホラー小説みたいだ。逆に、もっと明るい抽象的なイラストにした方がよかったと思うが。
奥野修司 -本ようり堂